ご先祖様と地球に感謝した日


ふと、ご先祖様に祈りが沸いて、そこから思考が流れて初めて『地球に生まれてきてよかった』って思えた話を日記として書きました。(長いしまとまってないです)
  
  
何があったわけでも無いはずなのだけど、色々な経緯の元、帰りのバスの中で『ご先祖様、ありがとうございます。これからも見守っていて下さい。』って思った瞬間がありました。
 
過去にもご先祖様たちのことを思い返すことが何度かありました。
もちろん、私が生まれて出会ったことのある既に他界した親族から黒額縁の中の写真しか見たことのない親族まで。そして、きっといたであろうその前の親族の名前も。
 
私の家系は色々なストーリーがあって、世間的にいい話から良くない話まで伝えられてきました。(本当かどうかも定かではありませんけれど)
 
そして、良い面は高く評価し、良くない面は嫌がる自分がいました。
だけど、そんなの今更どうでもいい。
 
そこに左右される自分が小さいなぁって思ったと同時に、清濁併せ呑んで続く血が今の自分の中にあり、清濁あるのが人間なんだと。
 
絶対、個人の力じゃ成し得ないことを沢山の人に助けられて機会に恵まれて来たのは確かであり、そんな自分がいるのはもちろんご先祖様たちが存在したからであって、感謝を忘れてはいけないことなのです。
 
『ご先祖様、ありがとうございます。これからも見守っていて下さい。』
  
他界していった曾祖父ちゃんや曾祖母ちゃん、おじいちゃんやおばあちゃん、親戚。それ以外にもお世話になった恩師など。
 
お葬式に参列すると私はいつも何らかのメッセージを彼らに伝えてお別れします。
 
「今まで病気大変だったね。むこうではゆっくりしてね。」
「生活大変だったはずなのに孫の私に大学祝ありがとう。あんまり顔も出せなかったし何もお返しできなかったけど、これから頑張るから空から見ててね。」
「おじちゃん、立派な人になるからね。」
「先生、お世話になりました。孫みたいにかわいがってくれてありがとう。剣道やって良かったです。またお線香あげに行きます。」
「おじちゃん沢山ごちそうありがとう。出世払いするって言って1回しかできなかった。もっと稼げるようになっておばちゃんに恩返しするからね。」
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思い返すと、伝えたことをちゃんとできてるのって少なくて、生きてる人たちへの恩返しも感謝も足りなくて、むしろ親戚から嫌なことされて怒ったりして、まだまだだなって思うことも多いです。
 
でも、なんとか今まで生きてきて、いいこともよくないことも沢山経験してきて、
ようやく『地球に生まれてきてよかった』って心底思えた瞬間が来ました。
 
 
ちょっと脱線しますが、地球ってぜんぶ周りきれないくらい広いし大きいし、多彩だし、何億人もの人間がそこに生きているんだからいろんなことが渦巻いていると思います。
 
そして、地球という3次元の世界の中でも日本という単一民族国家の島国に生まれてきて、右も左も分からないまま家族という数人に育てられて、思春期越えて20歳前後で社会というよくわからないところにぽーんと放り投げられるわけです。
 
10代20代で地球とか社会とかいうものの何が分かるのでしょう?
 
その中でさらによくわからない「地球に祈りましょう」とか「人類の平和を願って」とか知らない人に促されることがありますが、正直(形式上はあり得るけど)心底感謝したことはありません。
 
ただ、自分の中から自然に沸き起こった地球への感謝は真実で、なんで自分が地球に感謝したのか疑問を抱くくらいなのですが、地球という3次元のこの世に人の体を得て生きている自分がいることは有り難いことなんだろうな、と思いました。
 
 
言葉にするとよくわからない伝わり方をしてしまいそうですが、よくわからないこと(ご先祖様、地球)に対してよくわからない経緯で心底感謝したよ、という話でした。

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